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NO.267

ロータス通信 NO.267                                 2015年4月15日発行
行く人、来る人、帰る人
   
理事長 石渡 博明
    天候不順が続く中、東京では一夜にして桜が満開になったため、思いがけ
ぬ春の到来を喜んだものの、留学生との花見の予定が狂ってしまったりと、複雑
な思いで年度末を迎えました。
 複雑な思いと言えば、『ロータス通信』第266号でもご案内させていた
だきましたように、去る3月28日、恒例の留学生の卒業・進級・進学・帰国?
新しい門出へ向けた「歓送会」を開催、当該の留学生はもとより、日本語の先生
やボランティアの皆さんが大勢ご参加くださり、思い出深く楽しいひと時を過ご
すことができました。ただ、一抹の寂しさもともなって、複雑な思いをぬぐうこ
とができませんでした。
 ベトナムのニャさん、スイェンさん、モンゴルのツェーネさん、マレー
シアのフザイファさんは、この4月から6月にかけてそれぞれ帰国、日本で学ん
だ知識・技術を元に自立、社会参加を果たす予定ですが、帰国後の就労の場が必
ずしも確保できているわけではなく、見送る私たちとしても心穏やかではありま
せん。
特にニャさんに関しては、帰国後に予定していた母校(グエン・ディン・チュー
盲学校)に併設されていた視覚障害者のためのマッサージ施設が昨年夏に突然閉
鎖され、いわば梯子を外されてしまった格好で、本人はもとより多くの視覚障害
者が就労の場を奪われてしまったわけで、IAVIとしても、これまでのように帰国
したら「はい、さようなら」ではなく、本人や支援の皆様方と手を携えて就労の
場を確保していくための努力をしていくつもりです。会員・関係者の皆様方のご
支援・ご協力をよろしくお願いいたします。

   舟橋記念会館での6ヶ月の研修を終えたキルギスのアクモールさんは、既
にお伝えしてありますように、先輩同様、4月からは筑波大学附属視覚特別支援
学校の寄宿舎に居を移し、来日の主目的である三療の学習に本格的に臨みます。
これまで以上の奮闘が期待されます。
   キルギスのシリンさん、ベトナムのコアさん、インドネシアのヨフィタさ
んは順調に進級できたものの、さらなる試練が待っています。IAVIとしても、筑
波盲の先生方やボランティアの日本語の先生とも連携をとりつつ、学習支援を強
めていく予定です。 尚、ミャンマーのコンテさんは筑波技術大学の情報処理科
への進学が決まり、これまでの三療に加えて今後4年間、新たな分野への挑戦が
待っています。

   帰る人、行く人がいれば、来る人もいて、ベトナムのソンさん、モンゴル
のマンダハさんが、この4月から2年間、筑波技術大学の大学院修士課程で院生
として学ぶため、再び日本へ来ることになりました。盲学校での勉強と違って、
本人の自主性が強く要請される大学院生活を有意義に過ごせるよう、新たな試み
をぜひとも頑張ってほしいものです。


◎半年間の研修を終えて◎
日本語の先生たちに感謝

ヌルディノワ・アクモール (キルギス 昨年10月5日来日)
去年の10月に日本に来て、6か月この援護協会で、日本語の勉強をして日本語
の先生たちに感謝します。本当にプロですね。キルギスにいたとき、ボランティ
アの方に日本語を教えていただいた。その時その方はロシア語ができましたから、
初めから本当に心配しました。日本に行って、先生たちがどのように日本語を教
えてくださるか。
しかし、ここにきて上手に優しく教えてくれました。プロですね。そして、石渡
さんに心より感謝しています。本当にお父さんみたいですね。6か月お世話にな
りました。これからも学校へ行った時、6か月の間毎日挨拶できたのが、離れて
さびしいと思います。毎日来てほしい気持ちです。それから先輩たち、助けてく
ださい。わからない言葉も教えてください。

◎帰国する留学生の皆さんからのご挨拶◎
3月28日の「歓送会」での発言から

<寒くてよく布団に入っていました>
グエン・タイフォン・ニヤ(ベトナム)
援護協会のみなさん、本当にお世話になりました。
6月に帰国します。日本に来て文化が違うので、お風呂も熱くて入れなかったが
頑張って入りました。でも長く日本に住んでいるので、温泉も好きになりました。
なま物が食べられなくて大変でしたが、鮨も好きになりました。学校に入ったら
みんな一緒にお風呂に入らなくてはならない。それが恥ずかしすぎてなかなか難
しかった。最初は松田さんと一緒に銭湯に行ってもらいました。恥ずかしくて大
変でした。寒さが苦手なんです。故郷は、一番寒くて16度です。10月に来ま
したので、だんだん12月になるので、寒くて布団に入っていたいのです。寮母
さんは「あなたは、怠け者ね。よく寝て」と言われました。
先生方のおかげで自分の伝えたいこと、言いたいことも言えるようになりました。
後輩にも日本語を少し教えられるようになりました。
これから、ベトナムに帰り盲学校で日本語や日本で学んだ技術を教えて、自分も
開業しようかと思っていますが。マッサージルームの再開で、もし困ることがあ
れば先生、援護協会の方、ボランティアの方から力をお借りして、復活できるよ
うに頑張りたいと思います。後輩たちにも日本語を教えて、留学生募集があれば
何人か紹介したいと思っています。

<食べ物には大変苦労して・・・
でも最近は納豆も食べました>

ツェグミド・ツェンドスレン(モンゴル)
日本に泣きながら来て、泣きながら帰ると思います。泣き虫なんで。今からとっ
ても寂しいような、うれしいような複雑な気分です。色々な日本の習慣に慣れた。
食べ物には大変苦労していたんですけど、少しずつ食べるようになってきて、こ
の頃では、納豆も食べてみました。すごくおいしくしてくれたので、匂いもしな
いようにしてくれて、2、3回食べました。最初から日本の味噌汁は大好きでし
た。たぶん国に帰ったら食べたくなると思います。みんなと同じように、お風呂
にはつかったことがなくて、温泉も行かずに。
4月20日に帰るんですけど、帰ったら先輩たちがいるので、訓練センターで仕
事するようになると思います。あとは自分の治療院も考えています。国に帰った
ら新しい生活に慣れるまで、結構時間かかるかなと思います。国に帰ったらもち
ろん日本で学んだことをきちんとやって、教えることになるので、きちんと教え
て、みなさんに日本の技術を伝えるように頑張ります。本当に皆さんに感謝して
います。ありがとうございました。

<富士山に登る夢は次回に>
     グエン・ティ・スイェン(ベトナム)
4年半前に日本に来て、来たときは、長いな、いつ終わるかなという気持ちがあ
ったが、今は、もう終わったかな、早いなという感じです。4年半日本にいて色
々体験ができて、雪は初めて、お風呂も興味がありまして、楽しかったでした。
これから国に帰りますが、残念なことに富士山に登れないことです。もしチャン
スがあれば、富士山に登ろうと思います。
日本で勉強したことが、無駄にならないようにすることを約束します。4年間本
当にお世話になりました、ありがとうございました。

<日本の便利な視覚障害者が使えるATMなどを
マレーシアに紹介します>

 モハマッド・フザイファ・ビン・アハマッド(マレーシア)
間もなく3年半が経ちます。一番最初、来た時思い出すのは、日本語はあまり分
からないし、寮母さんと会ってしゃべっていたときも、「この人は何を言ってい
るのか」と思いましたが、尊敬の気持ちで、「はい、はい」と言っていました。
なんでも、「はい」でした。6か月の間日本語の先生によく怒られましたが、よ
く勉強になりました。本当にありがたいと思います。学校に入って3年間ですが、
残念だけど、卒業まではいかないんですけど、今日も恥ずかしくて顔も出したく
ない感じでしたが、でも最後だから出るようになりました。
良かったのは日本に来て日本の視覚障害者の色々な情報が色々調べられて国に持
ち帰り、紹介したいと思います。
今までも、ユーチューブで二つのビデオを作っています。日本の便利なとことか、
日本の視覚障害者の生活とか、マレーシア人に紹介するために作りました。すで
に10万アクセスがあります。
最初のビデオは、日本の便利な視覚障害者が使えるATM、交通の券売機とか、
案内してくれる人とか、コンビニに行ったときに案内してくれる人いますから、
それは一番便利です。向こうでは全然ないです。今は、タッチパネルになってか
らは、視覚障害者は全然できないのです。前のようにボタンがあれば、やり方を
暗記すればできた。以前はおかねおろせましたが、今は全然だめです。
帰国して国の偉い人と話す機会を持ちます。そのATMの話です。帰国まで1か
月あるから、もっと日本の便利なことを調べて、もう少しビデオを作って帰りま
す。また、ビデオのために日本へ来るかも。
中学生のころから日本語を話せるようになりたかった。話せるようになったのが
一番良かったでした。
マッサージの仕事もやり、盲人協会の責任もあるから、両方をやります。4月2
6日の朝帰国して、2時間休んでそのあと仕事があります。

◎帰国した元留学生から◎
≪安徽省の盲人事情≫

                            李 雁雁(リ・イェンイェン 中国)
中国の人口は13.6億で、その中8000万人の「残疾人」がいる。中国語の
中に、「障害者」を「残疾人」と呼ぶ。安徽省は中国の中東部にあり、総面積は
14万平方キロメートルで、人口は7000万人、そして残疾人は400万人い
る。ここでは、筆者の住む安徽省池州市の盲人事情を読者に簡単に紹介する。 
池州市は安徽省の南部にあり、楊子江の南にある。上海から西500キロにある
が、下の行政区分は5つの県に分けている(中国では市は県を管轄する)。池州
市の地形は主に低山丘陵であり、人口は相対的に少なくて、今では160万総人
口の中、盲人は13000人いる。
1. 教育
現在、池州市では特殊教育学校は一校設置されたが、その中、盲人教育部(盲学
校)はない。盲学校を通うには安徽省他のところに行かなければならない。小中
学校の義務教育以外に、大人の盲人向けの職業訓練もある、以上の教育はみな無
料である。
2. 職業
世界中と同様、盲人の就職率は低い。あん摩マッサージは一番よくある仕事であ
る。
池州市では、現在約30人の盲人はあん摩マッサージ関係の仕事をしている。普
通は、規模の小さい(職員1?3人くらい)あん摩マッサージ院で働いている。
そして人によって、うけたマッサージ技能訓練の教育程度の差も大きい。3ヶ月
くらいから4年までのマッサージ専門課程もある。中国政府は盲人のあん摩マッ
サージ就職に支持な態度を取り、あらゆる面では支援を提供している。
その他、約10名の盲人は占い師をしている。この様な種類の仕事は政府からの
認めはないが、制限もない。あん摩マッサージと同じ、占い師も一般民衆の中で
人気がある。
盲人の多数はやはり農村に暮らし、そのなか多くの人は栽培業と養殖業をしてい
る。この部分は具体的な統計はしていない。
3.社会福祉
中国の残疾人障害等級は4級あり、一番上のは1級である。日本の障害者基礎年
金と類似して、中国の残疾人は障害等級によって、年800人民元(約1400
0円)の手当が得られる。家庭の単位で残疾人を支えるのは普通である。
日本の福祉職業安定所みたいな福祉工場は昔の中国ではよくあるが、現在はすで
に姿を消した。だが、もとの工場職員は退職しても正職員扱いで、そして退職金
はもらえる。
4.法律
 中国では、「中国残疾人保障法」があり、各地方の政府にも「残疾人連合会」
を設置している。「残疾人連合会」は政府機関に属して、社会福祉法人ではない
のである。
 池州市には有名な観光地はたくさんあり、空港もある。そして中国で有名な仏
教の名山――九華山もここである。協会の皆さん、留学生そして日本友人の皆さ
ん、ぜひ遊びにいらっしゃってください。
私のskypeは、yanyanjianhui123で、どうぞ連絡してください。

≪元気で頑張っています≫
1 台湾の林さん

皆様、お久しぶりですね。私は、台湾の林明輝(リン・ミンフィ)です。台湾に
帰ってもう22年が経ちました。いつも日本で過ごした生活や一緒に付き合って
頂いた友達を思い浮かべて、昨日のような感じでした。本当に懐かしかったでし
た。
私は、二つの企業のヘルスキーパーの按摩師をやっています。これは私の主な仕
事です。もう一つの仕事はバイトのような感じで、中華視障経穴按摩推広協会で
教えています。この授業は按摩の検定試験を受けるための授業です。普段、出張
の仕事も時々やっています。これはお客さんの希望で按摩をやります。その時良
く日本の色々なことを話します。なぜならば私は先輩の人に按摩をしながら日本
語でお互いに話をします。
それと授業を教えられるのは、みんな日本で鍼、灸を勉強したり、日本の友達と
あっちこっち私を連れて行ってくれて遊んでいるからです。
これらは私にとって結構役に立ったのです。簡単に私の現状を皆様に報告しまし
た。
これから私も、皆様のように頑張りますからよろしくお願いします。
それでは、皆様新しい年に、良いことがいっぱいと、健康をお祈りします。さよ
うなら。
(編集部から)
林君は、1993年に東京都立八王子盲学校を卒業。この報告は、2月28日に
点字で文章を書いてくれたのを読み上げてくれたものです。日本点字は忘れない
とのことです。上記の協会で3月から10月まで、理論や実技を教えているよう
です。日本での勉強の成果によるものです。
出張のお客さんは年配の人が多いので、日本のことを、按摩をやりながら話すと
喜んでくれるとのことです。   

2 アズリンさんとメイさん
―「ようこそ先輩」で発表のために来日
筑波大学附属視覚特別支援学校では、頑張っている先輩を招いて体験談を聞くと
言う企画があるようです。
マレーシアのアズリンさんと、メイさんがこの企画で3月に1週間ほど来日しま
した。3月6日には、在校生や先生の前でマレーシアのオイルマッサージの実技
紹介や、留学当時の苦労話などをされました。
在校生のみなさん、とりわけ現在学んでいる留学生にとっては、たいへん刺激に
なったことと思います。
二人は、治療院の経営や、治療院勤務をしながら、盲人協会がリーダーシップを
取って行った全国の視覚障害者が経営している治療院にアンケートをして、免許
制度の手続きや、法律の問題などを把握する活動の中心になって活躍したとのこ
とです。このアンケートでは、?地方に住む人は、手続きがなかなか難しいこと、
?地方に住んでいると、もっとマッサージについて勉強しようとしてもなかなか
できないこと、等の問題が明らかになったとのことでした。
3月9日には、援護協会で、二人を囲んで、交流会を開催しました。日本滞在当
時一緒に遊んだ友達も交えて、楽しいひと時を送ることができました。
二人には、さらに仕事で頑張っていただくとともに、マレーシアの視覚障害者全
体のために、グループとしての活動が今後も期待されます。私たちも、そのよう
な活動に注目して、できる支援を考えていきたいと思います。

3 マリアさんとプトゥルさん
2013年に帰国したインドネシアのマリアさんは、現在バンドンの治療院で仕事を
しています。そして先輩のプトゥルさん(2003年東京都立文京盲学校卒業)が、
バンドン盲学校で行っている日本語の授業でも先生をしているようです。
マレーシアのメイさんがインドネシアでマリアさんと会ってくれて、やっとSkyp
eでの交流が再開されました。
マリアさんからお願いがあると言うのでどんなことかと思ったら、日本語を勉強
したいと言うのです。能力検定試験のチャレンジをしたいとのことでした。そん
なことで、マリアさんとSkypeで勉強していただく方も見つかりました。最初は、
私と3人で話しました。基本的に、お互いが無理にならない週に1回、1時間と
いう提案を考えていたのですが、彼女は、毎日お願いしたいとのこと。気持ちは
わかるけどそれは無理なので、毎週1回きちんとやることを確認してスタートし
ました。
「マリアさんが働いているマッサージ室のようす、平塚盲にいたときの思い出な
どを聞いて、日本からは桜の開花を報告しました。最後にNEWS WEB EASYから
ニュースを1つ選んで読み聞かせ、分からない言葉を説明しました。毎週、イン
ドネシアで話題になっているニュースを話してもらうようにしました。」
これは担当していただいた方からの報告です。
それから数日してプトゥルさんとの連絡をマリアさんに頼んだら、盲学校でプト
ゥルさんの日本語の授業でお話してしまうことになりました。
十数人にプトゥルさんが、「ここ、そこ、あそこ」と教えているところに入り込
んで、「日本人と会話しましょう」と特別授業が始まりました。
その後、生徒さんから次々に質問が寄せられました。「日本では、おかねの区別
をどのようにしているか。歩行はどのようにしているか。日本での留学はどんな
勉強をするのか」等々。マリアさんと、プトゥルさんも通訳者となって交流をし
ました。思いもよらず楽しい一時を共有できました。たまには、こんな授業なら
ばお手伝いしますと、楽しいプランを考えました。
 インドネシアの帰国留学生の交流の活発化と、私たちとの連携の強化に向けて、
マリアさんにはぜひ日本語の勉強と共に、頑張っていただく予定です。   
(NEWS WEB EASYは、言葉の勉強を兼ねてニュースを読む場合に活用できると
思います。http://www3.nhk.or.jp/news/easy/ )             
             
(事務局 新井)

◎第33回 板橋ふれあい祭り◎
マッサージ体験・ポップコーン販売で参加します。
   皆さん遊びに来てください!
  ふれあい祭りでは、留学生のみなさんが日ごろの勉強の成果として、たくさ
んの地域の方々に体験マッサージを行います。これが大変好評で、楽しい交流の
場になっています。
 またポップコーンの製作・販売も行います。ぜひ遊びにおいでください。

日時:6月14日(日) 10時から15時
 場所:板橋区立平和公園 東武東上線・上板橋駅から徒歩5分
   (お問い合わせは、援護協会事務局までお願いします)

◎編集後記◎
「これからそれぞれ体は別のところに行くけど、気持ちはいつまでも一緒」、歓
送会で留学生達から出された言葉でした。これは、インターネットで遠く離れて
いてもつながることができるということだけの意味ではない、もっと深い意味が
あった事をぜひ考えていきたいと思います。
「なんと暖かな集まりなのか」。はじめて私たちのイベントに参加していただい
た方の歓送会の印象でした。
見えない中で、「はい」ということしか言えなかった自分たちが、日本人でもな
かなか難しい理療の勉強をして、日本で学んだことを何とか自国に戻って生かし
ていきたい、みんなのこのような共通な思いこそが、未来へのつながりの期待と、
温かさを生み出していくのではないかと思います。
留学生のみなさんに頑張ってきたことへの拍手と、これからの自国での活躍に声
援を送っていきたい。また、留学生から、応援していただいた多くの皆様に対し
て、心からの感謝の気持が述べられていたことをお伝えします。帰国していく留
学生は、ぜひ今後も日本語の勉強や、日本の視覚障害者事情について知っていき
たい、と述べております。具体的にこの要望にこたえていきたいと思います。週
に一度、1時間、帰国した留学生との会話・日本語の勉強を担当していただける
方を募集します。事務局までお問い合わせをお願いいたします。(愛)

 


= 業務日誌 =
2月 7日 卒後鍼灸手技研究会役員会に事務局として出席。
2月9・10日 アクモールさん、研修旅行(浜松楽器博物館見学・
ウイズにて白杖作り)。      
2月12日 板橋区社会福祉協議会研修会に参加。       
2月13日 イ・ナヨンさん、日本研修報告会および慰労会。
       共用品推進機構、取扱い説明書のインタビュー実施。  
2月19日 『ロータス通信』266号発送。
2月20日 マンダハさん、ソンさん、筑波技大大学院受験。
2月21日 コンテさんたち、三療国家試験(?22日)。
2月27日 長崎盲訪問、蔡さんと懇親。
3月 1日 アクモールさん、板橋日本語スピーチ大会で発表。
      福岡高等盲の卒業式(ニャさん)に出席。
クンチャン・塩崎さん夫妻、緒方先生と懇親。
3月 2日 アクモールさん、筑波盲体験入学(?5日)
      広島で佐々木憲作さん、東広島で赤木達男さんと面談。
3月 3日 京都府立視力障害者福祉センター卒業式(スイェンさん、ツェーネ
さん)・懇親会に出席。
3月 5日 アクモールさんの体験入学発表会に出席。     
3月 6日 アズリンさん、メイさん、筑波盲「ようこそ先輩」で
      発表、実技披露。「キルギス」紹介本作成打ち合わせ。
3月 8日 町内会防災訓練に参加。
3月12・13日 アクモールさん研修旅行(手で見る博物館)に
スイェンさん、フザイファさんが同行。
3月13日 筑波盲卒業式(コンテさん)に出席。
3月18日 平成27年度予算役員会を開催。
3月21日 連続講演会(講師、藤井先生)を開催。
3月24日 卒後鍼灸手技研究会、会計監査。
3月27日 ジュエリーボックスとの交流会に留学生5名参加。
3月28日 留学生「歓送会」を開催。