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NO.276

ロータス通信276号テキスト版 2016年10月」8日発行

新しい留学生がやってきました。
   留学生も安心できる日本社会に!

                理事長 石渡 博明
 夏休みも終わり、一時帰国した留学生も再び日本へ戻って、勉強に忙しい毎日
がまた始まりました。また9月末には、モンゴルのジャムスラン・ラグワドラム
(通称ラグワ)さん、エルデネサンブー・デルゲルバヤル(通称バヤル)さん、
10月の始めにはミャンマーのトゥ・コーコー(通称コーコー)さんが来日、例
年のように舟橋記念会館での6ヶ月の入学前研修が始まりました。
 尚、この間、毎年10%削減が既定方針だった文科省の補助金の削減にストッ
プがかかり、今年は昨年同様、約370万円が確保されました。以前に比べれば
十分とは言えないまでも、関係者の皆様方のご尽力に感謝申し上げ、ここにご報
告させていただきます。
 こうした明るいニュースの一方で、ショッキングなニュースも相次ぎました。
一つは言うまでもなく、相模原の施設での障害者殺傷事件です。ヒトラーを思わ
せる優生思想に基づく犯人の歪んだ信念は、特異と言えば特異ですが、ヘイトス
ピーチや生活保護費受給者へのバッシングが横行する、閉塞した日本社会が必然
的に生みだしたものとも言える側面があるのではないでしょうか。日頃、留学生
からは「視覚障害者に優しい」と言われる日本社会でのこの事件は、留学生にも
衝撃のようで、日本社会の別の一面を知らしめ、再考を促すと言う意味でも、シ
ョッキングなものでした。
もう一つは、盲導犬を連れていた視覚障害者の駅ホームでの転落?死亡事故です。
私が理事長を仰せつかってからでも、これまで何人もの視覚障害者がホームから
転落し死亡したというニュースが飛び込んできて、そのたびにホームドアの設置
が急がれる、と言われ続けてきましたが、設置には多額の費用がかかるというこ
とで、設置が遅々として進まず、今日に至ってきてしまっています。
ただ今回は私にとってちょっと違いました。事故が起きて間もなく、時々、会館
にお出でになり、事務のお手伝いをしてくださっているボランティアのお一人か
らメールが届いたのです。事故で今月は手伝いに出向けない、と。その事故とは、
地下鉄の駅のホームから転落したというもので、骨を折り、頭から血を流して救
急車で病院に運ばれたというのです。今まで転落事故があるたびに、痛ましいと
は思っても、どこか遠くの出来事で済ませてきたものが、一挙に他人事では済ま
されなくなってしまったのです。
 留学生の言う「視覚障害者に優しい」日本も、一皮むけばご覧の通りの実態で、
明日は我が身と振り返って、事故のない交通機関、事故のない日本社会の実現を
目指して、私たちは当事者として、関係者として、もっともっと発信をしていか
なければならないのではないでしょうか。留学生が安心して暮らせる日本社会は、
日本人にも暮らしやすい社会のはずですから。

≪日本で見つけた新しい世界≫
イ ナヨン(韓国)
私にとって、日本は二つ目の故郷のようなところです。東京羽田空港に着いて電
車に乗ると、旅行が始まるという楽しみがあると同時に、家(うち)に帰ってき
たような気楽な気持ちにもなります。日本との付き合いのおかげで、2年と半年
の間に、私の人生には、思ってもみなかったほどの、素晴らしい変化がありまし
た。日本語で話せるようになったことをはじめ、いろんな食べ物や旅行などの忘
れられない体験がたくさんできたこと、自分の活動の範囲がもっと広がったこと、
何よりも外国人との友情が続いていることです。いちばん大きな変化は、夢は心
の中だけに存在するものではなく、実際に叶えるものだというのがわかったこと
です。なぜかというと、こんな経験は私がずっと前から願ってきたことだったか
らです。
まだ日本に長い時間滞在したことはありませんが、日本とのつながりの中で学ん
だことについて、少しだけ書いてみたいと思います。
私は小学校のころから、間接的に日本と接するきっかけが結構ありました。バイ
オリンの先生から、日本語の点字や基本的な会話を教えていただいたし、学校の
先輩たちが日本に行ってきたとか、日本の盲学校からうちの学校を訪問したとい
う話を聞いたことがありました。高校でも、第二外国語として日本語を若干勉強
しました。このように日本のことを遠く感じてはいなかったのですが、特別に興
味があったとも言えませんでした。
しかし2013年の年末に行った第一回日韓視覚障害教師の交流会に参加してか
らは、完全に変わりました。あの時は日本語がほとんどできませんでしたので、
日本の先生方と英語で話しました。言葉の壁と短い時間のため、個人的な交流は
あまりできなかったのですが、ありがたいことに、何人かの先生たちと仲良くな
りました。交流会が一回目で終わることでもないし、親しくなった先生たちと、
より深い話までできるといいなあと思いました。交流会の後、すぐ1か月間スペ
インに行ってきましたので、帰って来てから本格的に日本語の勉強をし始めまし
た。怠けないように目的を立てようと思い、日本語能力試験2級を目指して1年
間一生懸命に勉強しました。
ここで、私が感じた日本語について、少し書きたいと思います。日本語は韓国語
と文の構造などの文法が似ているし、共有する漢字語も多いので、最初は割と易
しい言葉だと思いました。でも、二級の勉強をするときは、日本語は全然易しい
言葉ではないと思うようになりました。例えば、韓国語では「決定」という漢字
語に「する」をつけた単語しかない半面、日本語では「決める」という日本語固
有の読み方があります。「発見する」という意味の「見つける」、「補充する」
という意味の「補う」など、言葉の数がずっと多いかもしれません。そのうえ、
形容詞と副詞もたくさんあり、点字で勉強する私も覚えにくいのに、墨字で勉強
する人たちはもっと大変だろうと思いました。それにもかかわらず、日本語につ
いての全体的な感想は、勉強すればするほど魅力があり、本当にきれいな言葉だ
ということです。私は日本語で日常会話は自由にできますが、本を読んだり、専
門的な話をしたりするには、まだ充分ではありません。日本語でもっといろんな
ことができるように、これからも頑張って勉強したいです。
最初の交流会以来、連休の時にたびたび日本に遊びに行きましたが、数週間だけ
でも日本で生活をしてみたいという気持ちになり、どうしたらいいのか考えまし
た。それで、2015年の1月から2月にかけて、約6週間東京で語学学校に通
うことにしました。韓国の学校は1月から冬休みで、休みの時は仕事がなければ
先生たちも学校に行かなくてもかまいません。
準備するときに一番心配だったのは、滞在する場所と語学学校の教材でした。日
本に留学経験がある呉(オ)先生に相談してみたら、ありがたいことに両方の問
題が全部解決できました。援護協会というところを紹介していただいたのです。
あそこに勤めている新井愛一郎さんのおかげで宿泊ができることになり、点訳ボ
ランティアグループともつないでいただきました。
これまで一番長く外国へ行くことになるので、出発するときは期待より心配のほ
うが大きかったかもしれません。しかし、本蓮沼駅で新井さんに会ってからは、
日本での生活がとても楽しくなるだろうという気がしました。
私は2日間、新井さんから歩行訓練をしてもらいました。援護協会のあたりのお
店だけでなく、新大久保にある日本語学校までの行き方も教えていただきました。
巣鴨駅で三田線から山手線に乗り換えるときに、改札を2回も通らなければいけ
ないことが複雑でしたが、新井さんの細やかなご指導のおかげで、すぐ慣れてき
ました。
私が援護協会でいただいたのは、宿泊と歩行訓練だけではありません。新井さん
は私の日本語の練習と日本の文化体験のために、月曜日から金曜日まで、各曜日
の先生を探してくださいました。
月曜日には、私と歳の近い上田さんと楽しい時間を送りました。パソコンで日本
語を入力する方法を教えてもらったり、一緒に日本点字図書館に行ったりしまし
た。一番記憶に残っているのは英会話の集まりに連れて行ってもらって、素敵な
人たちと友人になったことです。今でも日本に行くたびに、一緒に食事とおしゃ
べりを楽しんでいます。私のために時間を合わせてくれるのが、いつもありがた
いです。
火曜日には、新井さんと一緒に新聞記事や講義の録音、テレビニュースを使って
勉強しました。日本のことわざもすごく面白かったです。金曜日には、新井さん
のお友達の熊懐さんと、日本の作家の小説を読みました。ニュースと小説は難し
目でしたが、新しい単語や表現の勉強ができてよかったです。
水曜日には、月崎さんと一緒に東京の雰囲気を堪能できるところに出かけました。
原宿の表参道を歩きながら、様々なお店を見たこと、秋葉原で電気屋さんに行っ
たこと、両国で船に乗ったこと、ゆりかもめに乗ってお台場に行ったこと、浅草
と人形町での散歩など、大切な思い出になる経験がたくさんできました。人形町
で味わったあたたかい甘酒は、決して忘れられないでしょう。何よりも、月崎さ
んの詳しい説明を聞いて、日本のことをもっと身近に感じるようになりました。
木曜日には、芳賀さんと一緒に面白い本を読みました。私が韓国に帰るときにお
土産でいただいた、いたずら好きの兄ちゃんが出てくる朗読CDは、面白くて涙
が出るほど笑ってしまいます。そのCDは、仕事で疲れた時とか、日本のことが
懐かしくなった時に、よく聞いています。木曜日には、援護協会の留学生の授業
として、山口先生の講義もありました。私も一緒に聞きながら、日本の文化と社
会についてもっとわかるようになりました。さらに、西荻窪にある先生のお気に
入りのお店で、おいしい焼き鳥を食べました。
韓国に帰る前の日には、私の教科書を点訳してくださった「サランバン」という
ボランティアグループの方々に挨拶に行きました。私のために、年末年始も休み
なく作業をしてくださったみなさまとお会いし、心の中が感激でいっぱいになり
ました。(つづく)
○     ○     ○
昨年韓国の全盲女性、イ・ナヨンさんの日本語研修のサポートを行いました。こ
れは、韓国からのIAVI元留学生で、韓国と日本の視覚障害者交流活動になくては
ならない呉泰敏(オ・テミン)さんの依頼に基づくものです。この研修サポート
から私たちもたくさんのことを学び、このような活動の今後の可能性も考えまし
た。
今回は、ナヨンさんが感想を寄せてくれました。紙面の都合で2回に分けて掲載
させていただきます。

≪視覚リハ研究発表大会に参加して≫

      カウンテット・サン  筑波技術大学2年(ミャンマー)
6月17日?19日に静岡県浜松市で第25回視覚障害リハビリテーション研究
発表大会が行われました。私は見学目的でIAVIの新井さんと芳賀さんとともに、
その発表会に参加させて頂きました。
多くの研究者から様々な発表が聴け、大変すばらしい経験だったので、参加のチ
ャンスを与えてくださったIAVIには本当に感謝しています。
今回の機会を通して私は、バリアフリーについての困難さをより知ることができ
ました。例えば、点字ブロックは私たち視覚障害者にとって非常に大切な存在で
すが、車いすの方たちにとってはバリアーのような存在であって、そこである研
究グループは、点字ブロックの凸凹をより少し薄めにしてみたりするような研究
をされていて、興味深く思いました。また、町の中に認知症の高齢者を見かけた
ときに、どのように対応すべきなのかに関して、小学生あてに教えている、ある
グループの発表を聴いて日本の教育にも感動しました。
まだ少人数ではありますが、障害について私たち障碍者たちだけでなく、世間の
人々にも関心が高まりつつあることが今回の大会で分かりました。勉強のことだ
けでなく、今回の機会を通して、私はたくさんの人と知り合うことができました。
特に、斯波先生、永井先生、木村先生の3人の先生方とも再会することができて
非常に嬉しかったです。
美味しい料理を頂きながら貴重な2日間を過ごしました。最後に、何から何まで
お世話になっていた、新井さんに改めて一言お礼です。ありがとうございました。
☆     ☆     ☆
IAVIで、「Skypeを活用した各国視覚障害リハ事情と課題の学び合い」と題した
ポスター発表をしました。留学生達が日本生活の中で学んだことを整理して、そ
れをインターネット会話で交流して、さらに発展させていく実践の発表です。盲
学校卒業後に、広い視点でもっと勉強したいと頑張っているカウンテット・サン
(コンテ)さんにも、勉強と多くの研究者の皆さんとの交流を作ってもらうため
に一緒に参加しました。来年はぜひ壇上に上がり皆さんの前で発表したいもので
す。                   
(事務局 新井)                            
        

<11月講演会のお知らせ> 
―共用品の考え方と私たちの課題―

講師:金丸 淳子 氏(公益財団法人 共用品推進機構)
日時:11月19日(土) 13:30?15:30
場所:国際視覚障害者援護協会「舟橋記念会館」3F多目的室
主催:社会福祉法人 国際視覚障害者援護協会
協賛:社会福祉法人 板橋区社会福祉協議

≪ラオスの視覚障害者支援へ向けて
  ―動き出したラオスの障害者福祉≫

                          石渡 博明
 7月23、24日、マレーシアのクアラルンプルで開かれたオンキョー点字作
文コンクール、アジア太平洋地域の選考会に出席した足で、元IAVI留学生ラオス
のセンスリヤン(通称セン)さんを訪ねてみた。前から気になっていたラオスの
視覚障害者支援へ向けて、その後の様子を確認してみたかったからである。
ラオス訪問は今回が2回目である。2011年の夏、やはりオンキョーの仕事に
合わせて、またセンさんの夏休み中の帰国を狙ってビエンチャンを訪ねたのであ
る。とにかくこの目で確かめたかったからである、ラオスの「盲学校」を。ショ
ックだった。当時は、国立眼科センターの中に一つ(現在は廃止)、国立障害者
リハビリテーションセンターの中に一つあったが、いずれも私たちがイメージす
るような「盲学校」ではなく、実は「盲学校」という名の「点字教室」だったの
である。
 子どもたちは点字をマスターすると、普通学校に送られる。統合教育という名
の下に。しかし行った先の学校には、点字の教科書・教材があるわけではなく、
先生方も視覚に障害のある子供たちへの教授法を身に付けているわけでもなく、
結果として「お客さん」で終ってしまっているようだった。私はすぐにも「ラオ
スの視覚障害児童に点字教科書を送る会」といったものを立ち上げたいと思った
が、ただでさえ忙しい身で、とてもかなわぬ夢で終わったまま、今日に至ってし
まっている。
 ところが、今度は多少違ってきているようだった。センさんがこの秋に、世界
遺産にもなった古都・ルアンプラバンの「盲学校」の先生として赴任することに
なったと言う。赴任先は「聾学校」に併設されるもので、センさんに点字教育・
歩行訓練・生活訓練といったものを一から指導してくれ、と言われているとのこ
と。日本での盲学校での経験が生かされることが期待される。ただし、私の訪問
時点では、赴任時期はおろか、相手が成人なのか、学齢児なのかも不明で、何か
ら何まで手探り状態のようである。
 一方、センさんと同じように、ラオスにおける点字学習の一期生だったインペ
ンさん(全盲の女性で、ダスキン愛の輪基金の招聘で日本へ来たことがある)が、
ビエンチャン大学の特待生として、この9月から視覚障害児教育も含めて「教育
管理」(総合的な教育学)を学ぶことになったという。明らかに新しい動きが感
じられる。
 そのあたりのことは、センさんの仲介でお会いできた教育スポーツ省初等教育
・統合教育センターのリーさんのお話からも伺えた。リーさんのお話では、これ
まで保健省の管轄だったリハビリテーションセンターが教育スポーツ省の管理下
に置かれ、首都のビエンチャン、北のルアンプラバン、南のサワンナケートを拠
点として、特別支援教育を充実すべく、先日も聾学校の先生を3名、タイに派遣
して、タイ式手話・国際式手話の研修を受けさせ、サワンナケートに赴任予定と
のことである(ラオスは言語的、文化的にタイとの親近性が強く、ラオス点字も、
センさんたちの先生がタイでタイ式点字を習得し、それをラオス語に翻案したも
のだとのこと)。
 また、障害者リハビリセンターが保健省から教育省に移管されたということは、
リハビリの対象が傷痍軍人(インドシナ戦争)から障害者一般に移行したという
意味で、障害児教育・特別支援教育が教育の一環として位置づけられたという意
味でも、画期的な意味をもつものと言えよう。ラオスの特別支援教育、障害者福
祉が本格的に動き出した証しとも言える。
 とは言え、センさんのケースに見られるように、実態はまだまだ前途多難のよ
うである。微力な私たちができることは限られているかもしれないが、センさん
たちと連携して何とか支援を具体化し、ラオスの視覚障害者福祉を少しでも進め
ていけたら、と思う。
皆様方のお知恵とお力添えをお願いするものです。
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 インペンさん、センさんとご両親      276-2.jpgのサムネイル画像

 センさんの実家裏の風景 276-3.jpgのサムネイル画像

 センさんたちの職場(リハセン内) 276-4.jpgのサムネイル画像

 リーさんと懇談するセンさん、筆者

 ≪編集後記≫

10月から12月、板橋区内を中心に色々なイベントに参加します。「白い杖の

留学生 キルギス編」の小冊子の配布。販売は、モンゴルの視覚障害者が完全手

作りの100パーセント羊毛のスリッパ、キルギスの全盲歌手グルムさんのCD他。

ぜひ、遊びに来てください。日程などは事務局電話03?5392?4002、

e-mail:info@iavi.jpへ。



= 業務日誌 =

8月 9日 東京都社会福祉法人改革説明会に参加。

8月11日 つくば市でカンチットさんと懇談。

8月12日 「飯館村の母ちゃんたち」上映会に参加。

マンダハさん宿泊(?15日)

8月14日 マンダハさん、シリンさん海水浴(鈴木弘美さんと)。

8月15日 浅野さん来館。大谷さん、星野さんと来館。

8月16日 乗松先生とベトナム大使館訪問。

8月17日 『ロータス通信』275号テープ版・点字版作業。

新村さん夫妻にラオス・ベトナム訪問報告。

8月18日 『ロータス通信』275号発送。

おたがいさまネット月例会に参加。

8月21日 ヨフィタさん、シリンさん退館。友人宅へ移動。

8月22日 東京入管で新留学生の在留資格認定証明書申請。

        大谷さん、斉藤さん来館。

8月23日 シリンさん、ジャサンさん、世田谷視障協訪問。

8月26日 ミンラインさん帰国、出迎え。宿泊(?31日)。

        ジャサンさん来館、宿泊(?28日)

  日盲社協点字出版部会会議に出席。        

8月31日 板橋区難病団体連・糸賀さん来館。

志村警察署員来館、聞き取り。

ミンラインさん退館、筑波盲寄宿舎へ移動。

      マンダハさん来館。

9月 5日 アクモールさん帰国、出迎え。

9月 6日 文科省・井上さん、山田さん、来館、聞き取り。

      庄さん、北京へ出張講演(?18日)。

9月 7日 妹シリンさん帰国、出迎え。

9月 8日 新留学生の研修へ向けて日本語講師会議を開催。

9月10日 連続講演会(坂本一さん)を開催。

9月12日 いたばし福祉の森、イベント打ち合わせに参加。

9月15日 東京都水道局来館、水回り調査。

おたがいさま月例会に参加。

9月18日 グルムさん・キルギス友好コンサートに参加。

9月20日 寮母さん打ち合わせ、会館内清掃。

9月22日 DPI日本会議全国集会に参加。

9月28日 モンゴルから、ラグワさん、バヤルさん、来日。

10月 2日 ミャンマーから、コーコーさん、来日。